初めに述べておくべきだったのに
今更私がブログを開設した理由を書かせてもらいます。
ブログを開設した理由
理由は3つある。
1つ目に、自分の経験や考えを整理して言語化することが
頭の体操となりリハビリになると思ったから。
2つ目に、ブログはずっと記録として残るため、
子どもが大人になった時にこのブログを読んで、
母はどうやって自分を育児してたのか、
日々どう過ごしていたのかを知ることができる記録になると思ったから。
3つ目は、妊娠時に自分が障害と難病を抱えながら育児できるのか
不安で出産に対して希望が持てず常に不安だったが、
同じようなハンデを持ったロールモデルが中々探せなかったため、
同じような境遇の人がいたら救いになりたいと思ったから。
リハビリとして
私は、自分の考えや感じたことを言語化するのが
とても苦手である。
ひとり内で考えてモヤって溜まり溜まってストレスとなり
終いには爆発するのである。
失語症ではないが、高次脳機能障害の私にある症状には
それに似た症状があるっぽい。
高次脳機能障害は、人それぞれ異なった症状がある。
だから同じ高次脳機能障害でもひとまとめしないで
個人個人どんなことが難しいのか症状の特徴を理解してほしい。
話外れたが、私は言語化が苦手でもあるため、
今までの経験や考えを文章にしてアウトプットすることは
私にとってリハビリになると考えている。
このブログを読んでいただいているあなたには、
私のリハビリに付き合ってあげているという気持ちで
ハードルを下げて読んでほしい。
毎回拙い文章ですみません。
何か質問疑問があればお気軽にコメント下さい!
これでも、3〜4時間くらいブログ更新に時間かかっている現状です。
記録として
私には「脊髄小脳変性症」という指定難病の一つである
持病がある。これは、神経難病であり進行性である。
幸い、私はまだ一本杖で歩行でき、日常動作は
時間はかかるがこなせてはいるが、
呂律の回転については少し進行している気がする。
私の父親について記述したことがなかったが、
同病で既に寝たきりでうまく話せない状態である。
私には兄が2人いるが、兄2人についても
同病であり、働いてはいるが歩行は大変で
呂律もうまく回っていない。
近い将来、私も順番に同じような経緯を辿るであろう。
ならば、ブログとして私自身の歴史や意見や日常を
記録として残しておけば、子どもが大人になったときに
何かのヒントになるかもしれないし、自分の母が
どうやって生活して何を考え、どう育児してきたのか
知ることができる手段として残しておくことができると考え、
ブログを書くことを選んだ。
ロールモデルとして
障害と難病を同時に抱えながら妊娠出産育児を経ている
ケースはそう多くはないだろう。
私自身、難病の確定診断を受けた際は、
自分の将来に光が見えなくて何をしても
楽しくないし美味しくないし何の感情も沸かない。
旦那とは、いつか子どもができたらいいねとか
何人欲しいかとか何の部活させるかとか
これまでに将来の夢を話したことがあった。
旦那は、子ども好きで相手するのがうまい。
だから、いつか旦那に自分の子を抱かせてあげたかった。
だけど難病があると診断を受けた以上、
もし難病が遺伝したら可哀想な人生を歩ませてしまう。
そう思い、私の遺伝子を残すことは諦めて
卵子提供を受けて旦那の精子と人工授精をしたのち
私の子宮へ戻し私が出産することを考えた。(独断で)
その考えが実際に実現可能なのかネットで調べまくり、
まず卵子提供は日本ではまだ合法ではないため、
海外で行う必要があることと、それには何回か海外へ
行かなきゃいけないことを知った。
しかし、それには膨大な費用と時間がかかる。
その時点で私には不可能であると落ち込んでいた。
しかし私は絶対に旦那の子どもがほしい。
だからたくさん考えて旦那にも相談したところ、
旦那からは、もし子どもに難病があるとしても、
医療はどんどん進んでいるし、障害に感じることが
出てくるかもしれないが、その都度親である自分たちが
その障害をできるだけ取り除けるよう努力すればいい、大丈夫。
というような意見をもらった。
私はもし子どもに病気が遺伝したら…ばっかり
考えて前向きに考えられなかったけど、
旦那のようにその対処法を考えるべきだし
まず私が子どもを不幸にさせないという覚悟を持つことが
必要であり重要であるとの考えにシフトすることができた。
そして、無事妊娠することができた。
しかし、不安が完全に払拭できたわけではい。
出産子育ては可能なのか。
不安を払拭するためにネットサーフィンしまくっていたが、
中々ヒントはなく同じような境遇で妊娠出産育児をしている
ロールモデルが探せなかった。
難病だけとか障害だけとかを抱えて子育てしている方は、
何人か見つけることができた。
私はそのうちの一人である進行性の神経難病を患い、
車椅子で生活している一人の女性と出会った。
その女性は、たまたま私と同い年で妊娠中であった。
光が見えた気がした。
その女性とネットでコンタクトを取り、
不安を共感してもらえたり、ときには解決策を
共有し、励ましてくれた。
その女性との出会いもあり、不安を抱きながらも
前向きに順調に妊娠期間を過ごして出産することができた。
まだまだ育児については経過段階であるため
不安に思うことはあるけど、私には応援したり一緒に悩んだり
手を貸してくれる人が周りにたくさんいることを
知れただけでも、第一子の妊娠出産は、私にとって
大きな財産となっている。
もしかしたらこの広い世界のどこかで
以前の私と同じように悩んで後ろ向きな気持ちになり
将来に対して光が見えないでいる人がいるかもしれない。
だとしたら、私はその人の光を持つ
手助けができるのではないか、と考え、私の経験は誰もができる
経験ではないからこそ、むしろそれが私の使命なのでないか、
と考えるようになり、このブログを通して
自分の経験を発信することになった。
まとめ
私がブログを開設した理由は、3つある。
自分が成長するリハビリになると考えたから、
今後難病が進行して話すことが難しくなっても
このブログを読めば自分の記録として子どもにも残せるから、
同じような境遇がある方のロールモデルとなるため、
の以上の3つである。
まだ始めたばかりでどれも叶えられていないが、
いつか自分や誰かの光になれると信じて
描き続けます。

Don’t worry,Be happy!



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